北海道バイクの旅-04 ― 2024/08/27 17:13
「7月31日」
霧雨の中厚岸に向けて出発。しれとこ峠に向かうがだんだん霧が濃くなり峠につく頃が最悪の視界2メートルと前を走るバイクのテールランプを追いかけながら走行しかし少し距離が空くと見えなくなりセンターラインを頼りにキツイ下りカーブを転倒を恐れながら走行峠の頂上にある展望台には残念ながら通過して慎重に下りカーブを下った。視界を遮るべったりと張り付く水滴を左手でワイパーのように左右にこすり視界を確保するが数秒もするとまた視界を遮る。右手はアクセルのコントロールでうごかせない左手でワイパーとして動かしているときは当然片手運転となりながら急な下り坂を注意深く下っていくがすぐに次の急なカーブが現れる心拍数のあがるのが感じられる。スピード落とすと前方のテールランプが見えなくなりセンターラインのみが頼りのライドりだ、私は一番後方での走行なので離されるの怖いレースではないのだが遅れをとるのはヤダ!
少しずつアクセルを開けると前方のテールランプが見えてきた。少し平坦な道になると、霧が晴れてきた。意地悪な天気だ。
やがてら羅臼港 につく頃には快晴になり、海岸通りは我々の貸し切り状態で快適にバイクを進める。だが、突然後方から大型バイクや地元の車がものすごいいきをで4台の小型バイクを追い越していく。これが北海道の旅と感じる。快晴の海岸通りを進んでいくと進行方向の左手に北方領土の島が見える。ロシア領「国後」がこんな近くにあるのか、あの島は泳いで渡れそうな近さにあることにホントに驚く。返せ北方領土。
道の駅 知床・らうす 駐車場にバイクを止めると知床の女と再会。オイスターバーにて生ガキを食べる。民宿あっけしに宿泊・夕食は花咲ガニ・生ガキ・焼き牡蠣・ヒラメの煮つけ・刺身の盛り合わせなど豪華食事・
霧雨の中厚岸に向けて出発。しれとこ峠に向かうがだんだん霧が濃くなり峠につく頃が最悪の視界2メートルと前を走るバイクのテールランプを追いかけながら走行しかし少し距離が空くと見えなくなりセンターラインを頼りにキツイ下りカーブを転倒を恐れながら走行峠の頂上にある展望台には残念ながら通過して慎重に下りカーブを下った。視界を遮るべったりと張り付く水滴を左手でワイパーのように左右にこすり視界を確保するが数秒もするとまた視界を遮る。右手はアクセルのコントロールでうごかせない左手でワイパーとして動かしているときは当然片手運転となりながら急な下り坂を注意深く下っていくがすぐに次の急なカーブが現れる心拍数のあがるのが感じられる。スピード落とすと前方のテールランプが見えなくなりセンターラインのみが頼りのライドりだ、私は一番後方での走行なので離されるの怖いレースではないのだが遅れをとるのはヤダ!
少しずつアクセルを開けると前方のテールランプが見えてきた。少し平坦な道になると、霧が晴れてきた。意地悪な天気だ。
やがてら羅臼港 につく頃には快晴になり、海岸通りは我々の貸し切り状態で快適にバイクを進める。だが、突然後方から大型バイクや地元の車がものすごいいきをで4台の小型バイクを追い越していく。これが北海道の旅と感じる。快晴の海岸通りを進んでいくと進行方向の左手に北方領土の島が見える。ロシア領「国後」がこんな近くにあるのか、あの島は泳いで渡れそうな近さにあることにホントに驚く。返せ北方領土。
道の駅 知床・らうす 駐車場にバイクを止めると知床の女と再会。オイスターバーにて生ガキを食べる。民宿あっけしに宿泊・夕食は花咲ガニ・生ガキ・焼き牡蠣・ヒラメの煮つけ・刺身の盛り合わせなど豪華食事・
北海道バイクの旅-03 ― 2024/08/26 13:31
北海道バイクの旅-02 ― 2024/08/26 13:24
「7月29日」
吉祥院『発5:30』車→成田成田発7:45→新千歳9:35
レンタル819 新千歳空港
新千歳空港→180Km走行:旭川(宿泊))
成田は改正40度を超す暑さの中離陸
約1時間半で新千歳空港に着陸、小雨が降り続いている中レンタルバイク屋に送迎バスで向かい
手続き後荷物を荷台に取り付け雨具を着て4人で旭川に向けて出発。
国道275号 と 国道12号 経由3 時間 13 分180 kmの行程。
雨具を着た足が走行時の風にさらされ冷たく右足のふくらはぎあたりが痙攣気味、寒い。ズボンは下着まで濡れているが緊張しての走行からあまり冷たく感じない、
ホテル着ごシャワーを浴び近くの焼き肉屋まで出かけジンギスカンや焼き肉とビールで乾杯
ホテルトレンド旭川泊
〒079-8413北海道旭川市永山3条19丁目1-2
吉祥院『発5:30』車→成田成田発7:45→新千歳9:35
レンタル819 新千歳空港
新千歳空港→180Km走行:旭川(宿泊))
成田は改正40度を超す暑さの中離陸
約1時間半で新千歳空港に着陸、小雨が降り続いている中レンタルバイク屋に送迎バスで向かい
手続き後荷物を荷台に取り付け雨具を着て4人で旭川に向けて出発。
国道275号 と 国道12号 経由3 時間 13 分180 kmの行程。
雨具を着た足が走行時の風にさらされ冷たく右足のふくらはぎあたりが痙攣気味、寒い。ズボンは下着まで濡れているが緊張しての走行からあまり冷たく感じない、
ホテル着ごシャワーを浴び近くの焼き肉屋まで出かけジンギスカンや焼き肉とビールで乾杯
ホテルトレンド旭川泊
〒079-8413北海道旭川市永山3条19丁目1-2
北海道バイクの旅 ― 2024/05/27 09:33

長年付き合ってきた友人4人と北海道をバイクで回ろうという事になった、どうせ酒の場の一時的な話と思っていたが、どうやら本気らしい。共に75歳のおじさんなのに、大型バイク免許は4人とも持っている。かつてはBMW・Ducati・Honda750・など乗り回していた良き青年達でしたが、大型バイクでは面白くないとホンダスーパーカブ4台で回ろうといことに決まった。旅行計画は私が担当するj事になった。最初はフェリーで大洗~苫小牧に車でいき現地でバイクを借りようと考えたが北海道までの往復の時間が2日ほどかかるので、新千歳まで飛行機で行き空港でバイク4台を借りることにした。日程は7月29日~8月3日の5泊6日とし、これから宿や回る距離など考慮しながら具体的に計画書を作ろうと思っています。
また、適時ブログ更新よていです。
ミニクーパーS ― 2016/09/21 12:22
ミニクパーSとアトリエ
土偶たちの前でお別れの挨拶
土偶たちの前でお別れの挨拶
ミニクーパーS ― 2016/09/21 12:22
お疲れ様ミニクパーS ― 2016/09/21 12:18
ミニクーパー
9年お世話になった愛車BMWミニクーパーS
第二代目(2006年~)R56 1.6L直列4気筒DOHCツインクロス直噴ターボ175馬力トランスミッションはパドルシフト付きのアイシンAW製6速ATボデーカラー(黒色_濃紺メタリック)
とにかく、早かった!ゴーカートを街乗りにしたようなハンドル感覚と加速感、直角に曲がる表現はこの車には正しい。ランフラットタイヤのグリップは固く路面をしっかり噛みつきアクセルの踏込に合わせてタイヤが悲鳴を上げることなくぐんぐんと加速する。純正タイヤ以外のスタットレスタイヤのときの事、山がグリップに耐えられず千切れてしまった。
伊豆にドライブに出かけた時のことだ、伊豆スカイラインで登り坂をのんびりと走っていると、いきなり一台のバイクが爆音を響かせ、ドアミラーすれすれに追い越していった。一瞬のうちに脳内覚醒物資アドレナリンが湧きだし、ミニのアクセルを深く踏み込んでいた。
やがてバイクの後ろ姿が見えてきた。緑色したレーシングバイクだ、まだ型名などは確認できない。フルフェースに皮ツナギで固めていることからライダーは結構な腕の持ち主で急なヘアピンカーブをハングオンでステップを路面にこすりながら駆け上がっていく。
ヘルメット付近をロックオン状態にしながらドライバーの心理状態を探っていたとき、ふいに、目線があったような気がした、鳥肌が立ってきた。ミニは上り坂とは思えないほどアクセルに反応する。パドルシフトでギアー一段下げから高回転キープ、バイクは後ろに殺気を感じたのか前輪をわずかに浮かせ甲高い排気音を響かせグーンと駆け上がる、それを追うミニ。やがて下りに差し掛かかった。
ライダーはエンジンブレーキを掛けながらコナーをクルッと抜ける。中々の腕の持ち主らしい、ヘルメットの中からこちらをのぞき観しニヤッとした顔が見えた。
勝負だ!ギアを一段下げ限界付近の8000回転まで回しアウトからインにハンドル鋭くを切り込みスピンを抑えながら下り坂を加速する。そうやってバイクの後ろにぴったりとつき暫く煽ってやった。ライダーは必死に逃げるが、距離を離されることなくついていく、やがて左サイドに車除けのスペースを見つけたライダーはそこに駆け込み右手で合図をおくり始めた。お先にどうぞだ。
9年お世話になった愛車BMWミニクーパーS
第二代目(2006年~)R56 1.6L直列4気筒DOHCツインクロス直噴ターボ175馬力トランスミッションはパドルシフト付きのアイシンAW製6速ATボデーカラー(黒色_濃紺メタリック)
とにかく、早かった!ゴーカートを街乗りにしたようなハンドル感覚と加速感、直角に曲がる表現はこの車には正しい。ランフラットタイヤのグリップは固く路面をしっかり噛みつきアクセルの踏込に合わせてタイヤが悲鳴を上げることなくぐんぐんと加速する。純正タイヤ以外のスタットレスタイヤのときの事、山がグリップに耐えられず千切れてしまった。
伊豆にドライブに出かけた時のことだ、伊豆スカイラインで登り坂をのんびりと走っていると、いきなり一台のバイクが爆音を響かせ、ドアミラーすれすれに追い越していった。一瞬のうちに脳内覚醒物資アドレナリンが湧きだし、ミニのアクセルを深く踏み込んでいた。
やがてバイクの後ろ姿が見えてきた。緑色したレーシングバイクだ、まだ型名などは確認できない。フルフェースに皮ツナギで固めていることからライダーは結構な腕の持ち主で急なヘアピンカーブをハングオンでステップを路面にこすりながら駆け上がっていく。
ヘルメット付近をロックオン状態にしながらドライバーの心理状態を探っていたとき、ふいに、目線があったような気がした、鳥肌が立ってきた。ミニは上り坂とは思えないほどアクセルに反応する。パドルシフトでギアー一段下げから高回転キープ、バイクは後ろに殺気を感じたのか前輪をわずかに浮かせ甲高い排気音を響かせグーンと駆け上がる、それを追うミニ。やがて下りに差し掛かかった。
ライダーはエンジンブレーキを掛けながらコナーをクルッと抜ける。中々の腕の持ち主らしい、ヘルメットの中からこちらをのぞき観しニヤッとした顔が見えた。
勝負だ!ギアを一段下げ限界付近の8000回転まで回しアウトからインにハンドル鋭くを切り込みスピンを抑えながら下り坂を加速する。そうやってバイクの後ろにぴったりとつき暫く煽ってやった。ライダーは必死に逃げるが、距離を離されることなくついていく、やがて左サイドに車除けのスペースを見つけたライダーはそこに駆け込み右手で合図をおくり始めた。お先にどうぞだ。
リストアは青春の再生 ― 2012/09/20 18:16

宇宙まで届きそうな青い空に白く湧き出た雲、その下に鳥海山の麓に横たわるワインディングロード。疾走する2台のオープンスポーツカーが静粛な森の中に一際甲高い音をなびかせている。
疾走する銀色の影をクローズアップしていくと団塊ゾンビの姿が現れてきた。(団塊ゾンビとは団塊世代の狭間に生まれた人たちがそう呼ぶらしい、それは一度退いてくれた筈なのに、また~?)。
二台ともHONDA車だ。先頭を走るのはおよそ48年前のS600だ、あとに続くHONDAはS2000。コナーリングではアウトインアウトを忠実に守って走行している。カーブ手前でセンターラインギリギリまで外側に膨らませる、そこからカーブのインサイドを見ると直線が見える。そこを一気にエンジン回転を下げずに突っ込む、カーブ出口が更にキツイ登りだとシフトダウンを強いられる。何しろ排気量は600cc+αしかない、回転数は7千回転ぐらいがトルクのピークなのでそれ以上をキープしながら走る。それ以下になるとビックパワーエンジンと違いアクセルの踏込とトルクが連動しないからエンストを起こす。
だから直線でスピードをつけカーブの出口まで引っ張り一気に駆け抜けるのだ、パワーとトルクが小さい分アンダーステアーやスピンが出にくいから割と安心して突っ込める。それでも下りでは侮れないけど。

そんな走行を歯ぎしりしながら後ろから付いてくるS200はこのS600のオーナーなのだ。その男こそS600に憧れ続けてきた。自分でコツコツとリストアし、鳥海山ツーリングを企んだ張本人なのだけれど、何故か今回の一番美味しいところを私が運転している。
オーナーでもまだ回した事がないレットゾーンギリギリの9千回転まで
回しても軽快なエンジンを響かせている。けれど、京浜精機製作所製4連キャブレーターに吸い込まれる吸気音は排気音よりむしろ大きく聞こえる。グランプリマシンやF2、F1のエンジンと同じ設計を取り入れた超高回転型エンジンをそのままコンパクトにしたエンジン、もしかしてそれ以外作れなかったのかもしれないけど、本田イズムを強く感じるエンジンだ。

このS600をリストアしたオーナーはお寺の住職で鎌倉時代から連綿と続く由緒正しき小さなまちの名刹、真言宗豊山派のお寺である。
住職とは幼馴染で、気の置けない友人の一人、子供頃から機械いじりが大好きだったらしいけど家督を継ぐ運命に逆らいジャズやロックバンドを結成したりと、ちょい悪だった。私もその仲間のひとりだけどね。
だけど、素直に仏教系の大学に進み、修行を積んでから一時期公務員として働いていた。ただ、関心するのは燃費を競う「マイレッジマラソン」に本気で参加して上位入賞を果たしたことは、尊敬に値する功績だ。何年もまえのことだけどカーグラフィックに掲載された。エコロジーの先駆け人かな?東北大震災の後には、がれき処理のボランティアに参加するなど忙しいなかS600をリストアした。
そのことに刺激されたのがS2000のオーナー、土木技師から薬剤師に転身して薬店の社長をしている高校時代の同級生。十代のころは軽4ホンダZを乗り回していたころからS600に憧れていたらしいのだ。住職に刺激されS2000の初期型を購入してしまった。
そのことに刺激されたのがS2000のオーナー、土木技師から薬剤師に転身して薬店の社長をしている高校時代の同級生。十代のころは軽4ホンダZを乗り回していたころからS600に憧れていたらしいのだ。住職に刺激されS2000の初期型を購入してしまった。


「ホンダ・S600について」
ホンダ・S600(エスろっぴゃく)は、本田技研工業がS500に続き、1964年3月~1965年12月に生産したFR・2シーターのオープンスポーツである。
略称は「S6(エスロク)」。現在でもビンテージカーとして、一定の人気を保っている。また、西ドイツ(当時)へ輸出した初めてのアジア製四輪車。
初代 AS285/AS285C型(1964-1965年)
歴史
1964年3月 S500の後継として発表された。価格は50万9,000円。通称エスロク。サブマフラー、ヒーター、ラジオ、助手席サンバイザー、バックアップランプ(左右)、サイドシルプロテクターを標準装備としたSM600もラインナップされた。
1965年2月 ビジネス用の名目で、クーペが追加されている。車重は20kg増加した。
1966年1月 、後継車種のS800が発表された。
2輪やフォーミュラカーで培われた技術を元に、自動車製造の経験不足を補うべく、自動車としては独特のアイデアやメカニズム
が散見される車両となっている。
エンジン
S500同様の水冷直4 DOHCエンジンで、ボア、ストロークともに拡大(Φ54.5mm×65mm)し、606ccとしたAS285E型[2]へ変更された。
同社の一連の4ストローク2輪グランプリマシンやF2、F1のエンジンと同じ設計を取り入れた超高回転型エンジンを採用している。
当時の日本車としては珍しいDOHCと4連キャブレターを装備し、606ccという限られた排気量の中で、回転数で馬力を出す
(9,500rpmからがレッドゾーン)2輪用エンジンの様な特性であった。装備された京浜精機製作所製4連キャブレーターや等長
エキゾーストマニホールドに当時のホンダF1の雰囲気が読み取れる。
サスペンション/ドライブトレーン
基本構成はすべてS500を踏襲している。
駆動方式はFRであり、フロントサスペンションは縦置きトーションバー・スプリングとダブルウイッシュボーン、リアサスペンションは、
コイルスプリングとトレーリングアームの組み合わせの4輪独立懸架である。このうちリアは駆動用チェーンケースをトレーリングアーム
と兼用としたチェーンアクスルを採用している。これはオートバイやスクーターでは採用例が多いものの、4輪車では殆ど例が無いチェーン
駆動と後輪独立懸架の組み合わせという構成となっている。この方式は、駆動トルクのリアクションにより、アクセルペダルを踏み込めばリア
を持ち上げ、戻せば沈み込む挙動を特徴とし(後退時はまったく逆の挙動)、優れた路面追従性を実現していた。
ボディー
S500との相違は外見的な相違は、冷却風量を確保する為に開口を増したメッキグリルと、それに伴うバンパー形状の変更以外存在しない。
ユニークなヘッドランプなど愛らしい外見で、本田宗一郎のお気に入りだったといわれる、また、リアフェンダーの張り具合は芸者の臀部
をイメージしたものともいわれている。
ホンダ・S600(エスろっぴゃく)は、本田技研工業がS500に続き、1964年3月~1965年12月に生産したFR・2シーターのオープンスポーツである。
略称は「S6(エスロク)」。現在でもビンテージカーとして、一定の人気を保っている。また、西ドイツ(当時)へ輸出した初めてのアジア製四輪車。
初代 AS285/AS285C型(1964-1965年)
歴史
1964年3月 S500の後継として発表された。価格は50万9,000円。通称エスロク。サブマフラー、ヒーター、ラジオ、助手席サンバイザー、バックアップランプ(左右)、サイドシルプロテクターを標準装備としたSM600もラインナップされた。
1965年2月 ビジネス用の名目で、クーペが追加されている。車重は20kg増加した。
1966年1月 、後継車種のS800が発表された。
2輪やフォーミュラカーで培われた技術を元に、自動車製造の経験不足を補うべく、自動車としては独特のアイデアやメカニズム
が散見される車両となっている。
エンジン
S500同様の水冷直4 DOHCエンジンで、ボア、ストロークともに拡大(Φ54.5mm×65mm)し、606ccとしたAS285E型[2]へ変更された。
同社の一連の4ストローク2輪グランプリマシンやF2、F1のエンジンと同じ設計を取り入れた超高回転型エンジンを採用している。
当時の日本車としては珍しいDOHCと4連キャブレターを装備し、606ccという限られた排気量の中で、回転数で馬力を出す
(9,500rpmからがレッドゾーン)2輪用エンジンの様な特性であった。装備された京浜精機製作所製4連キャブレーターや等長
エキゾーストマニホールドに当時のホンダF1の雰囲気が読み取れる。
サスペンション/ドライブトレーン
基本構成はすべてS500を踏襲している。
駆動方式はFRであり、フロントサスペンションは縦置きトーションバー・スプリングとダブルウイッシュボーン、リアサスペンションは、
コイルスプリングとトレーリングアームの組み合わせの4輪独立懸架である。このうちリアは駆動用チェーンケースをトレーリングアーム
と兼用としたチェーンアクスルを採用している。これはオートバイやスクーターでは採用例が多いものの、4輪車では殆ど例が無いチェーン
駆動と後輪独立懸架の組み合わせという構成となっている。この方式は、駆動トルクのリアクションにより、アクセルペダルを踏み込めばリア
を持ち上げ、戻せば沈み込む挙動を特徴とし(後退時はまったく逆の挙動)、優れた路面追従性を実現していた。
ボディー
S500との相違は外見的な相違は、冷却風量を確保する為に開口を増したメッキグリルと、それに伴うバンパー形状の変更以外存在しない。
ユニークなヘッドランプなど愛らしい外見で、本田宗一郎のお気に入りだったといわれる、また、リアフェンダーの張り具合は芸者の臀部
をイメージしたものともいわれている。

出目金 ― 2009/07/02 08:58
見る角度によっては、変なクルマかな?何やら水槽の壁に片目をつけて外の人達に愛嬌を振舞っているかのような金魚に見えて、可愛いクルマだよ。
いままで、色々なクルマに乗ってきたけど、スタンドなどで「いいクルマですね」と声をかけられたことなど一度もなかったけど、このクルマの愛嬌のある顔のおかげかよくお褒めの言葉を頂くことが多くなった。やっぱり、いい友達を持つべきなのか?
いままで、色々なクルマに乗ってきたけど、スタンドなどで「いいクルマですね」と声をかけられたことなど一度もなかったけど、このクルマの愛嬌のある顔のおかげかよくお褒めの言葉を頂くことが多くなった。やっぱり、いい友達を持つべきなのか?



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